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一本の木を植えること

さいはてさんからいただいた提言には、少し考えるところがあり、お答えするのに時間が必要でした。
私も、基本的には木は植えないより、植える方が良いと思います。しかし、最近一本の木を植えることは、実は一本の木を伐ることと同じくらい難しいことではないのか。そんなことを考えさせられる経験があったのです。
それは、明日発売の『風景写真』5-6月号に掲載されている今森光彦さんのアトリエを訪ねたことです。その内容は32〜37ページをぜひじっくりと読んでみてください。
また、これから先はさいはてさんの問いかけをきっかけとして、風景写真全体の問題として書くものであって、決してさいはてさん個人に向けて言っているものではありません。

例えば、こういうことなのです。
田んぼの脇に一本の桜が残されているのはなぜか、と後生の人が問うたとき、その答えが「あの桜が咲くのを見て、昔の人は田植えをはじめたんだよ」なのか、「写真が好きな人たちが、ここに桜を植えたら絵になるからと、植えたんだよ」なのか。それは、些細な問題ではないような気がするのです。

私は、これから後生に風景を残すのに、あるいは再生するのに
風景写真家の視点が重要な役割を果たすべきだと思っています。しかし、それにはフレームの中だけの発想では駄目だと思うのです。
このブログでは、時折「風景写真とは地形や場所を撮るものではなく、心で見つけた風景を主観的に撮るもの」と書いてきました。もし、それが正しいのであれば、「ここにあればきれい」という理由で木を植えることは、写真家に都合の良い“絵になる地形”を作っていることにはならないでしょうか。

一本の木がそこにある意味。実はそのことは周辺の自然、暮らし、風土、環境などとつながっています。それらが合わさり、絡まって、時を経て調和した結果として今見ている風景があるのだと思います。
私たちが一本の木を美しいと思えるのは、過去からその木を大切に思い、暮らしの一部として大事にしてきた周辺の人たちの思いがあるからかもしれません。その思いを受け取り、写真に描くのも風景写真だと思います。

風景写真とは、ある意味で、風景を通じて過去に思いを馳せ、未来を創造するものです。
そのような視点を持って行うということであれば、風景写真家が木を植えることは大賛成です。
風景写真を通じて、多くの皆さんが、そのような視点を持ち、風景の大切さを伝えていくことができれば、写真の世界を超えて、きっと何かが変わっていくはずです。
それは『風景写真』に込めた私の夢でもあります。


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by fukei-kaoru | 2008-04-18 10:23 | 風景写真


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