カテゴリ:風景写真( 37 )

風景写真の組み方

日本全国、梅雨明けしましたね。
今日は、久しぶりに自転車に跨って編集部に向かったら、あまりの暑さでヘロヘロ。
あと、10分で編集部、というところで耐えきれず、涼と水分をとるために食堂に入ってしまいました……。
意味ナイじゃん!
まぁ、思い掛けず、とっても美味しかったのは収穫でしたが。

編集部では、例年、梅雨明け前後は前田真三賞で慌ただしい時期です。
6月末が締めきりで、8月20日発売の『風景写真』に結果(概要)が発表されるのですから、何が行われているかは推して測るべし、ですね。

さて、その前田真三賞ですが、皆さんご存知のように、30点一組の組写真が応募の条件です。
しかし、これまでの応募作を見ていると、多くの応募者が、この30点という枚数に苦心し、攻め倦ねているように思います。
そこで、本を読んで調べようにも、誰かに聞いて教わろうにも、中、長編はおろか、数点の作品を組むことでさえ、その指針を得ることは簡単なことではありません。
少なくとも、私が感じるところでは、風景写真を組むことについて、正しい知識や助言を得る機会はそれほど多くはないと思います。

一つ参考になる本を挙げるなら、名取洋之助「写真の読みかた」 には、組写真についての基本的な考え方が述べられた名著です。
1963年発行のかなり古い本ですが、書かれている内容は今読んでも新鮮で、ハッとさせられるフレーズも多く出てきます。
ただし、この本に書かれているのは、タイトル通り「写真を読む」という視点からの組写真であって、具体的な組み方にまで言及されているわけではありません。
また、風景写真について言えば、この本には書かれていない考え方による組み方もあると思いますが、組写真を考えるなら、読んでおいて損はない本です。

おそらく、『風景写真』読者の皆さんには、「いずれは前田真三賞に応募したい」とか、「いつかは写真集や写真展で自分の作品をまとめたい」と考えている人も多いと思います。
そのような目標を持っているのに、「“写真の組み方”なんて、その時が近づいてきたら考えたらいい」と思っていませんか?
しかし、本来、写真を組んで見せることは、写真を始めるのと同時に意識しておいても決して早過ぎることはないのです。

例えば、一日撮影に出かけた印象を4コマまんが風に4点組にまとめてみる、などということを時々意識してやってみるだけでも、写真を組むことについての意識がかなり変わってくると思います。
しかし、実際にやってみると、かなり多くの人が、今までと撮影地での動き方を変えたり、これまで撮らなかったようなシーンにもレンズを向けていかないと、たった4枚でさえ、構成するのが難しいということに気が付くと思います。
たった1日の印象をまとめるだけでも、撮り足りないものがあるのに、これが1シーズン、1年になると……。
もちろん、風景写真の組み方は、作風やテーマによって考え方は様々ですから、この例がすべてではありませんが、風景写真を組んで見せる場合の、基本的な手段の一つではあります。

実は、このような内容を誌面に載せても、それほど読者の皆さんの興味をそそらないようなのですが、直接お話をすると関心を持つ方が多いようです。
というわけで、7月25日(金)名古屋で行われる「風景写真トーク・ライブ in 名古屋」では、「写真を組むこと」についても、テーマの一つとしてお話ししたいと思っています。

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e0041948_9285856.jpg風景写真の原点にして極み
『[上撰]前田真三集・完全版』


《7月11日発売》
ブティックムック No.740
縦220×縦298ミリ・ソフトカバー・240ページ
価格:2980円(税込)
お問い合せ:風景写真出版(TEL:03-3815-3605)
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by fukei-kaoru | 2008-07-20 22:28 | 風景写真

できました!『[上撰]前田真三集・完全版』

前田真三
風景写真の原点にして極み


どこまでも優しく、純粋。
気負うことなく、風景との出合の瞬間を、
ありのままに受け止める。

その映像は、
決して自然の姿を誇張せず、
それでいて、深く心に染みわたり、
いつまでも感動が色褪せない。
没後10年にして、なお輝き続ける、
これが本物の風景写真。
これが本物の風景写真作家。


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これは間もなく発売になる『[上撰]前田真三集・完全版』の帯に入るコピーです。
なかなか素敵でしょ?

今日、ようやく『[上撰]前田真三集・完全版』が手を離れました。
大仕事を終えてホッとしたかと言うと、そうでもなく、
どんな本でも結局、皆さんの手に届くまでは不安でたまりません。
でも、ぜひ皆さんに読んでいただきたい本ができたと思います。

前田真三のファンの方はもちろん、前田真三を知らない人にこそ、ぜひ読んでいただきたい。
「中判や、大判のフィルムカメラの作品なんて、デジタルを使っている自分には関係ない」
と思っている人が、もしいたとすれば大間違い。
風景を撮る基本は、デジタルもフィルムも違いはありません。
本書からは、デジタルカメラユーザーの皆さんにも、“何を、どう撮るべきか”
という、最も基本的なスタンスが見えてくると思います。
ちなみに、巻末にデジタルカメラにも対応した焦点距離換算表がついています。

ご予約は、全国の書店、または風景写真出版まで!
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by fukei-kaoru | 2008-06-27 23:18 | 風景写真

写真を組むということ

『風景写真』の第2口絵には、著者の了解を得て、採用されなかった構成案を解説入りで掲載しています。でも、これは本来、舞台裏の話で読者にお見せするようなものではありません。では、なぜ載せているのか? それはまさに「編集者の勝利!」にコメントをいただいた、さいはてさんやみぞんさんのように、写真を組む、並べる面白さに気付く方が一人でも増えてほしいと思うからです。

組写真の話をすると、皆さんの中には「組写真と単写真はどちらが優れているのか」とか、「私は組は性に合わないので単写真でいい」などと言う人がいますが、そもそも、風景写真における組写真とは、単写真の集合体と言うことができます。複数の単写真を並べて見せるとき、どうすれば効果的かを考えることが組写真の土台であって、どっちが優れているかなどと考えるのはナンセンスです。

しかし、あまりに撮影対象に一貫性がなかったり、あるいは限定的すぎると、多くの場合、写真を組み合わせることによって得られる効果が乏しくなります。そうなることを防ぐには、ある程度テーマを持つことが必要となるわけですが、このテーマというものが多くの皆さんにとって厄介なものに感じられるようです。

5冊目の風景写真BOOKS Artist Selectionとなる小林英樹さんの『LIFE 地獄谷に生きる』が発売されていますが、この写真集にはあるテーマが立てられています。それがなんであるかは、実際に読んで感じていただきたいのでここでは明かしません。ただ、そのテーマとは、実は小林さんの写真集を構成するにあたって編集部が立てたものなのです。
小林さんは、約10年にわたり“地獄谷のニホンザル”という“大きなテーマ”の中で、心に触れたシーンを様々に撮り続けてきました。そうして蓄積したストックには、親子の愛情、愛くるしい小猿の姿、生きる戦い、厳しい冬の暮らし、そして風呂に入る姿など、実に多様なシーンが含まれていて、かつ十分なボリュームを持っていたのです。そのため、編集部では小林さんの作品の中から、“写真集を構成するテーマ”をいくつも考えることができました。

つまり、取材の過程においては、あまり厳密にテーマを設定する必要はなく(設定しても良い)、地域や素材など、大まかに対象を絞るだけでも構わないのです。その方が小林さんの写真集のように、編集段階で、様々に料理ができる楽しみが生まれる場合もあります。

ところで『LIFE 地獄谷に生きる』が内容性豊かな写真集にまとまったのには、見過ごせないもう一つの理由があります。それは、小林さんが捉えている対象が“命そのもの”である、ということです。ニホンザルという命を持つ存在の姿を借りることによって、写真集に命の尊さ、強さ、儚さといいたものが描かれ、内容に深みを与えていると言えるのです。

では、直接生命の存在が写っていない風景写真ではどうなるのか……。皆さんは、もうお気づきではないでしょうか? そう、風景であっても、その背後にある命の存在や自然のシステム、あるいは風土や人の暮らしとの関連、または、風景に投影する自らの心情や美意識など、見た目の美しさだけでない何かに着目することによって、写真集などに構成したときの内容に違いがあらわれると言っていいでしょう。

地域などの対象を絞ることによって、そうした着眼点を見つけやすいと言えますし、逆に着眼点が見つかれば、どこで撮っても、一つのシリーズとして連なるものが撮れます。

テーマを持って写真を撮ることの意義、複数の作品を構成することの効果と面白さを知っていただくためにも、『LIFE 地獄谷に生きる』はぜに皆さんに読んでいただきたい写真集なのです。



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小林英樹写真集
『LIFE 地獄谷に生きる』
[風景写真BOOKS Artist Selection no.005]
(PDF)
縦200×横220ミリ・ソフトカバー・96ページ
価格:2310円(税込)
お問い合せ:風景写真出版(TEL:03-3815-3605)

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小池清通写真集
「Whispers from the Sands 大砂丘の声」
[風景写真BOOKS Artist Selection no.004]
(PDF)
縦220ミリ×横297ミリ・上製本・112ページ
定価:3,800円+税
お問い合わせ:風景写真出版(03-3815-3605)

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by fukei-kaoru | 2008-04-29 02:33 | 風景写真

一本の木を植えること

さいはてさんからいただいた提言には、少し考えるところがあり、お答えするのに時間が必要でした。
私も、基本的には木は植えないより、植える方が良いと思います。しかし、最近一本の木を植えることは、実は一本の木を伐ることと同じくらい難しいことではないのか。そんなことを考えさせられる経験があったのです。
それは、明日発売の『風景写真』5-6月号に掲載されている今森光彦さんのアトリエを訪ねたことです。その内容は32〜37ページをぜひじっくりと読んでみてください。
また、これから先はさいはてさんの問いかけをきっかけとして、風景写真全体の問題として書くものであって、決してさいはてさん個人に向けて言っているものではありません。

例えば、こういうことなのです。
田んぼの脇に一本の桜が残されているのはなぜか、と後生の人が問うたとき、その答えが「あの桜が咲くのを見て、昔の人は田植えをはじめたんだよ」なのか、「写真が好きな人たちが、ここに桜を植えたら絵になるからと、植えたんだよ」なのか。それは、些細な問題ではないような気がするのです。

私は、これから後生に風景を残すのに、あるいは再生するのに
風景写真家の視点が重要な役割を果たすべきだと思っています。しかし、それにはフレームの中だけの発想では駄目だと思うのです。
このブログでは、時折「風景写真とは地形や場所を撮るものではなく、心で見つけた風景を主観的に撮るもの」と書いてきました。もし、それが正しいのであれば、「ここにあればきれい」という理由で木を植えることは、写真家に都合の良い“絵になる地形”を作っていることにはならないでしょうか。

一本の木がそこにある意味。実はそのことは周辺の自然、暮らし、風土、環境などとつながっています。それらが合わさり、絡まって、時を経て調和した結果として今見ている風景があるのだと思います。
私たちが一本の木を美しいと思えるのは、過去からその木を大切に思い、暮らしの一部として大事にしてきた周辺の人たちの思いがあるからかもしれません。その思いを受け取り、写真に描くのも風景写真だと思います。

風景写真とは、ある意味で、風景を通じて過去に思いを馳せ、未来を創造するものです。
そのような視点を持って行うということであれば、風景写真家が木を植えることは大賛成です。
風景写真を通じて、多くの皆さんが、そのような視点を持ち、風景の大切さを伝えていくことができれば、写真の世界を超えて、きっと何かが変わっていくはずです。
それは『風景写真』に込めた私の夢でもあります。


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by fukei-kaoru | 2008-04-18 10:23 | 風景写真

変化の兆し?

昨夜、小池清通さんの写真集「Whispers from the sands 大砂丘の声」(4月4日発売!)の出版をお祝いするパーティーがあり、私も出席させていただきました。今回の出版を心待ちにし、祝福する皆さんによって開かれた、とても温かく、愉快な雰囲気のパーティーで、私も大いに楽しませていただきました。
「Whispers from the sands 大砂丘の声」については、近々このブログでもご紹介したいと思っています。

ところで、そのパーティーの場で以前から交流があるアマチュア写真家のYさんとお会いしました。
Yさんは、『風景写真』の良き理解者であり、このブログの愛読者でもあります。

このブログでは、時々私の風景写真に対する思いや考え方について、かなり本音に近いところをさらしています。
Yさんがおっしゃるには、その本音の意見がアマチュア風景写真家に与える影響は少なくなく、Yさんの周辺では急速に意識の変化が広まっているとのこと。

毎回、四苦八苦してなんとか更新を続けているこのブログですが、もし多少なりとも皆さんの共感を得るところがあり、わずかでも風景写真の状況に良い変化が起きているのなら、とてもうれしく、素晴らしいことだと思います。続けるエネルギーもわいてくるというものです。
残念ながら当の私には、そこまでの雰囲気は伝わってきませんが、もう少し頑張って続けてみようという気になりました。


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《4月4日発売》
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小池清通写真集
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by fukei-kaoru | 2008-03-26 01:17 | 風景写真

我が家のエコ姑?

「パパ、またエコしてないよ〜」
7歳の娘と5歳の息子から、ことあるごとにこう言われて怒られています。
トイレの電気を消し忘れる。顔を洗うとき水を出しっぱなしにする。風呂でシャワーをこまめに止めない。
一挙手一投足をちっこい“エコ姑”に監視され、息が詰まりそう……じゃなくて、ちびっ子エコポリスが出動し、注意を受けています。
『風景写真』の編集長も、家に帰れば環境破壊の大魔王のように扱われているのです。

先日、子供たちを連れて、あるアニメ映画を見にでかけました。
映画のテーマもやはり“環境”。今や、子供向けアニメにおける悪の存在は“地球征服を目論む悪の秘密結社”ではなく、“環境破壊”であるようです。

北海道標茶町在住の写真作家・小林義明さんによれば、この冬の釧路湿原は雪らしい雪がまったくなく、冬のイメージがほとんど撮れなかったそうです。
おそらく、皆さんも風景写真を通じて環境の変化、地球温暖化の影響を間近に感じることもあると思います。以前は例年、普通に見ることができた風景が近年は見られなくなった。あるいは逆に以前には撮ることができなかった風景が撮れるようになったということもあるかも知れません。一見、美しく見える風景の中にさえ、実は気候変動の影響が現れていることもあると思います。

今の美しい風景と共に、変わりゆく風景も記録していくことは、私たちにできるとても大切な役割であると思います。
もちろん、写真を撮るために環境を傷めるなど言語道断です。
私たちの子や孫の世代には、環境を破壊する者は“地球征服をたくらむ悪の秘密結社”並に極悪非道の存在。お子さんやお孫さんに恥じることのない風景写真の楽しみ方を心がけたいものですね。
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by fukei-kaoru | 2008-03-23 16:20 | 風景写真

ビギナーズ・ラック

「写真では、始めて間もない初心者でもたまたま良い写真が撮れてしまうということが起こり得る。こういうことは他の芸術ではあり得ないと思いませんか」
先日、ある風景写真作家と呑んでいたら、こんな話になりました。

確かに、そういう面はなきにしもあらずです。
風景写真に限って言えば、“風景が撮らせてくれる”ような場面に出合うということが比較的頻繁に起こり得ます。
例えば、誰が見ても美しい風景、劇的なシーンは、今のカメラの性能ならシャッターを切れば、誰でもそこそこには美しい写真を撮ることが可能でしょう。
ちょっとバランス感覚がいい人なら、どこかのコンテストに上位入賞するような作品が撮れてしまったりすることがあっても不思議ではありません。

そのような写真に価値がないなどとは思いません。被写体の魅力や、シャッターチャンスも写真の重要な要素だからです。
しかし、“風景が撮らせてくれる”とは、作者の視点が定まっていなければ“風景に撮らされている”ことだとも言えます。
今後、より高度な意味での風景写真は、作者の主観的な視点で風景を“撮っている”のか、あるいは“風景に撮らされている”のかまでも問われるようになるでしょう。
“その瞬間、その場所で、その人の視点がなければ出合えなかった場面”であること。あるいは地味な風景であっても、隅々まで高度な構成力、バランス感覚でまとめられた作品であることなどが、求められるのです。

AE、AFといったカメラの自動化に加えて、デジタル化の恩恵によって、写真はもはやほぼ完全に“押せば写る”時代に入っています。となると、ますますビギナーズ・ラックで良い写真が撮れる可能性が増えそうなものです。
しかし、風景に関して言えば、“押せば写る”ことによって、実は写真がどんどん難しくなるという可能性に皆さんは気が付いていますか?
なぜなら、カメラ操作が簡単になればなるほど、より純粋に作者の感覚や思想、そして緻密で臨機応変な画面構成力が問われるようになっていくのですから。

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by fukei-kaoru | 2008-03-20 21:42 | 風景写真


『風景写真』11-12月号発売中です


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