閉じた世界

以前から気になっていることなのですが、風景写真は、ある意味で「閉じた世界」に向かおうとしているのではないかという気がしてなりません。

11-12月号の口絵ページの構成について、ある読者から「お寺の写真ばかり載せるとはどういうつもりか。もう二度と読まない」というご意見をいただきました。
9-10月号のfinderで取り上げた、「記録か、芸術か」についてのご意見などからも感じられますが、“自分たちが撮りたい傾向の風景写真しか認めたくない”という空気が、一部にではあっても、確かにアマチュア風景写真の世界に漂っていると感じます。
相も変わらぬフィルム派とデジタル派の反目も、見方によっては“自分が撮りたいものしか認めたくない”という感情のあらわれと言えるかもしれません。

『風景写真』も、プロ風景写真作家も、アマチュア写真家の皆さんに支えられている以上、皆さんが望まない傾向の作品を出し続けることは難しいと言えます。
「自然風景でなければ」「お寺の風景なんて」「人物は入れないで」「フィルムなんてもう古い」「デジタルなんて写真じゃない」
“自分たちが撮りたい傾向の風景写真にしか興味がない”というアマチュア風景写真界の空気が、じわじわと風景写真の幅を狭め、結果的にこの分野をマニアックな世界へと押し込めようとする力になっていることは否めないのです。

しかし、写真を撮らない一般の鑑賞者にすれば、被写体がお寺でも、自然風景でも、あるいは昆虫や動物などの命のある風景でも、それが美しく、心に触れるものであればなんだっていいのです。
ましてや、写した機材がフィルムか、デジタルかなんて、まったくどうでもいいことです。

例えば、絵画を鑑賞するために美術館に足を運ぶ人が、みんな画家かというと、おそらくそんなことはないと思います。
では、写真展はどうかと言うと、企画、内容にもよりますが、一般的に来場者に占める写真家の割合は、美術展に比べるとかなり高いと思われます。
ごく単純化して言えば、それは撮る側も、観る側も写真家という、写真家の中だけで完結している「閉じた世界」です。

出版界にあっても風景写真のハウツー本や撮影地ガイドなどは比較的よく売れているようですが、それに比べて写真集で成功しているものは限られるという話しを耳にします。
このことは、風景写真を撮りたい、風景写真がうまくなりたい人は大勢いるのに対して、純粋に作品を観たいという人が少ないことを示してはいないでしょうか。
もちろん、現実はそんなに単純ではないかもしれませんが、撮る側も、観る側も写真家という構図は、すでに皆さんも実感する場面があるものと思います。

私は皆さんに何でもかんでも撮ればいいと勧めているのではありません。
ただ、もう少し、柔軟に写真を観て、評価する意識を持たないと、それは気付かないうちに自ら作品の行き場をなくすことにつながっていると知っていただきたいのです。
風景写真の世界の中だけで、あれはダメ、これもダメなんて言っている場合ではありません。
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by fukei-kaoru | 2008-11-20 13:16 | 風景写真


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