作品を語ろう!

前回の続きです。

独断と偏見による個人的な意見、ということで言えば、風景写真における“作品”とは、プリントまたは写真集であると思っています。
オリジナルポジや画像データももちろん作品ではあるのですが、それらは、真の意味での“作品”を作るための原材料であって、写真作家の作品として、鑑賞されるためのものではありません。
作家が発表し、遺すものという意味での作品にはさまざまな形態がありますが、クオリティや保存性、そして写真作家の意図が反映されるという意味で重要なのはプリントであり、写真集だと思います。

前回、「作品にどの程度シャープさを求めるかは、ある意味で“目的”によって変わる」と述べましたが、その目的とはプリントであり写真集を想定したものです。
実際に写真展を行う、写真集を作るかは問題ではありません。
作品に求めるクオリティとして、写真展、写真集での発表に堪えるもの、というのがひとつの目標となるのではないか、ということなのです。
(あくまでも目標であって、当然レベルや経験に応じて目指すレベルは変化して良いと思います)

プリントを考えた場合、一般論として風景写真は大きく伸ばして見せることで、迫力や臨場感が増します。ポジをルーペで見たときや、モニター上で見るのとは、大きく印象が変わることも珍しくありません。
シャープさも含めて、写真展サイズに引き伸ばされたとき、どのように見えるのか。あるいは見られるのか。
極論すれば、それは自分の作品を伸ばしてみることによってしか学ぶことができません。

露出が分からない、PLフィルターの効かせ方は? フィルムカメラとデジタルカメラってどっちがいいの?
よくあるこうした疑問も、結局、“作品”にしたときにどうなの?ってことではないでしょうか。それを判断するのは、究極的には作者自身でしかないのです。

意識としての“作品”の水準をどこにおくか。それによって、学ぶべきことも、写真を通して得られる楽しみの質も違ってくると思います。
「何万画素あれば、どれくらいまで伸ばせますか」
それを知ることが無駄とは思いませんが、結局それは机上の数値でしかありません。
プリントして作品として仕上げたときに感じる、色彩のトーンやコク、奥行き感や空気感、言葉にはできない雰囲気……。
それらを計るのは数値ではなく、一人一人の好みであり、こだわりではないでしょうか。

私たちは化学実験ではなく、風景写真というアートをやっているのですから、そういう微妙なニュアンスで作品を語りたいですよね。
そのためにも、たまには(一年に一度でも良いと思います)自分で撮影した写真を“作品”に仕上げてみては?と思うのですがいかがでしょう。
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by fukei-kaoru | 2007-09-26 22:28 | 仕事


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